ホームズビーがついに10周年を迎えました!

けんしゅう

2008年に京都で誕生したホームズビー。3人で小さく始めた組織が奇跡的に10年続いたの事は皆様のお陰です。10年でホームズビーも大きく変化しました。そして今ホームズビーはさらなる変化を迎えようとしています。2019年、この新年、そして平成が終わり、新しい年号が始まるこの時に少し立ち止まり、新しい10年を模索しています。少しサプライズなニュースなども挟みながら不定期で記事を公開していく予定です。是非楽しみにしていてください^^

【重大ニュース】おめでとう!ありがとう!ホームズビーがついに10周年を迎えました!

ホームズビー設立間もない時の写真設立間もない時の写真。初期メンバーが左から萩原亜沙美・淺田雅人・嘉村賢州。後に参画する荒川の姿も嘉村の右隣に。

聞くところによると組織を起業してから10年つづいて生き残るパーセンテージは3〜5%だそうで、そう思うと本当にありがたいなあと思います。たった3人で京都で立ち上げたホームズビーという組織がこうして皆様に愛してもらえていることが素直に嬉しい気持ちでいます。これからも応援よろしくお願いします。そして一緒に最高の未来を作っていきましょう。

【10周年記念コラム①】ホームズビーの10年を振り返る-前編-

今回は少し立ち止まってこの10年を振り返る中で、改めてホームズビーという組織が何者で、そしてこれからの10年を考えるときに何を守り、何を変えていくかを読者のみなさんと探求できる読み物になればいいなと思っています。昔からホームズビーを知っている人も、最近知った人も是非楽しみながら読んでみてください。

ホームズビーのルーツ 一見さんお断り学生コミュニティハウス西海岸!

ホームズビーの歴史を考える際に外せないのは一見さんお断り学生コミュニティ「西海岸」の存在です。ちょうどその誕生は私たちの暮らしにgreeやmixiなどソーシャルネットワーキングサービスが普及し始めた頃、それと並行するように「西海岸」は誕生しました。下記が「西海岸」の様子です。

うわ〜画素数の粗さに時代を感じますね。けんしゅうさん今とあんまり変わらない?

さよぽん

今のシェアハウスやシェアコミュニティが始まる前のこと。私、嘉村賢州がその当時住んでいた下宿のマンションの一室を24時間解放するところから始まりました。後に京都の町屋を転々とするコミュニティに発展して行きますが、一度信頼する人に連れてこられたら2回目以降はピンポン不要、予約不要で自分の家やサークルのボックスのように使えるシンプルなルールで運営されていました。

西海岸での卒業パーティ「西海岸」での卒業パーティの様子。真ん中には518ホームズビーの事務所の管理人をしてくれた藤原嘉彦やホームズビー理事で北大の特任助教授をしている西尾直樹などホームズビーに近しメンバーがこの時から集結していました。

当時学生は名刺を持ち始め肩書きに振り回されつつある時に、損得関係のない学生時代からこそ紡げる関係性があるのではないかという問題意識で始めたコミュニティは5年間で1000人を超える人が訪れるコミュニティとなりその後そこに集った人たちが各地でシェアハウスを始めたりシェアブームの仕掛け人となっていくことになります(コンセプト型シェアハウス情報サイトcolishや、さとのば大学などもその当時の仲間)。

初対面でも誰かが信頼する人が連れてきたということだけで打ち解けるのが早く、時に短時間で涙を流したり、熱い夢をかたれるその時間を僕たちは魔法の時間と呼び、こういった時間の享受が学生だけでなく地域や国際社会に広がれば世界は豊かになるとそんな希望をいだいていました。その当時集まったメンバーはそれぞれ就職し、僕自身も就職で東京に行くのですが、そんな思いを持ち続けていたのです。

卒業して3年立った時、私、副代表の浅田雅人、後輩の萩原亜沙美の3人はこの場作りを仕事にして行く事を選んだのです。実は一番始めにやりたかった事業はこの魔法の時間を実現する「地域の人が集えるカフェ」✖️「子供たちが集まれるフリースクール」✖️「世界の人たちが集まれるゲストハウス」なコミュニティ=「お結び庵」だったのです。

へぇ〜、今はファシリテーションを生業にしてますけど、コミュニティづくりがスタートだったんですね〜

さよぽん

人と人の縁を結び、実を結ぶ「musubi」の団体へ

ある友達が人間が持っている最大のクリエイティビティは「こどもを生むこと」と「名前をつけること」と言いました。最近、本当にそうだなあと感じます。ホームズビーという名前は本当に難産で1ヶ月ぐらいかけて100ぐらいのアイディアを出し、それでもなかなか納得できなかった中、あるカフェで急に降ってきました。後付けで発見した意味合いも沢山あるのですが、僕らが何か悩んだ時いつもこの名前が次の方向を教えてくれる不思議な存在です。

法人名がようやく決定し、法人申請の書類を作成している様子。

法人設立に向けてのワクワク感が伝わってくる写真ですね!

さよぽん

けんしゅう

そうそう、ここから始まるんだと思ってすごくドキドキしてました。

けんしゅう

ここからはホームズビーが大事にしている概念や世界観なんかを書いてみました。

1.お結び庵を作る団体としてのhome’s vi

よく私はhome’s viをフランス語読みしてみてくださいと言いますが、hをとると「お結び」という言葉が現れてきます。お結び庵を作るための団体home’s viは一つ目の意味

2.「home」と「vi」

Homeは「はじまり」「家」「ぬくもり」
Vi は活力やエネルギーを表す接頭辞
私たちは家族のような温かな関係を周りの人たちと築き、そして一人ひとりの心に火を灯すような存在でありたいなという願いを持っているのです。

3.home’s vision

当初とてもとても大事にしていた考え方がhome’s visionです。その内容は「内側の幸せと外側の幸せの両立に全力を尽くすこと」。社会の幸せばかりを考えて自分たちを犠牲にするのも持続性がないし、自分たちの幸せばかりを考えて社会を疎かにすることもしない。私たちは愚直にその両方の実現を目指そうというもの。当時、増え始めていた社会起業がどうしても自己犠牲的な組織が多く僕たちはそうはならないでおこうと誓ったのでした。

4.home’s village

学生時代の経験から僕たちは烏丸今出川のを中心としたエリアをゴールデンゾーンと呼んでいました。京都大学・同志社大学・立命館大学が通り沿いにある今出川通り、そして京都駅に直結する地下鉄が走っている烏丸通り、ここがさまざまな立場の人の交差点になって行くのではないかと。僕たちはコミュニティの可能性に魅せられチャレンジしていますが、社会と分断された場所に理想郷を作るのではなく、今ある社会と共存しながら理想の世界を作って行くことにコミットする。そのためには思いを共にする人が近くに住んでいるということが重要だと感じていました。未だ道半ばですが烏丸今出川を中心に、シェアハウスやコワーキング、シェアアトリエ、シェアキッチンなどちょっとずつちょっとずつ仲間がチャレンジしていくことで地域に彩りが出てくることを夢見ていたのです。

5.「産霊(ムスヒ)」

様々な旅路があり当初のお結び庵を運営していくという事業内容からファシリテーションなどが事業の主軸に推移して行きますが根本の思想は変わりません。そのことに気がついたのがこの「産霊(ムスヒ)」という言葉との出会いでした。男性と女性から新たな子供が生まれること。この自然な生成の力のことを産霊といいます。縁を結び実を結ぶの「結び」の語源。

当時ファシリテーションは短期間で効率的にアウトプットが出る手法としてもてはやされた時期がありました。しかし僕らはそういった手法に違和感を感じていました。僕らは無理して何かを生み出すのではなくその人その集団が本来持っている可能性の芽を自然な形で花開かせること。そこにこだわりたいと思っています。私たちはいつも方向性に迷った時この「産霊」という言葉が道しるべとして前を照らしてくれている気がするのです。これからもいろんな角度からホームズビーの10年を振り返って行きます。どうぞお楽しみに。

けんしゅう

今までのホームズビーを振り返ってみました。最後に、振り返りでは書ききれなかったホームズビーのニュースをおまけでピックアップします。

おまけ〜ホームズビー初期(2008-2012年)の10大ニュース

  • ①お結び庵から始まったホームズビー…出発点は「カフェ」×「ゲストハウス」×「フリースクール」=「お結び庵」という夢でした。
  • ②ウェブコンサル、ウェブ開発で食いつなぐ日々…昔は場づくりやファシリテーションで稼いでいくのは厳しく、いろんな仕事を模索しました。
  • ③オープンスペーステクノロジーとの出会い…ホームズビーが自己組織化を大事にするのは、この手法に出会った時から。
  • ④絆ファンドから始まる最先端の場作り手法の学び…若者の武器は時間とフットワーク。諸先輩方が研究開発の機能を僕らに託してくれたのです。
  • ⑤「京都絆サミット」から「京都市未来まちづくり100人委員会」へ…大規模ダイアログの手法群でのまちづくりは全国的に見ても新しかったと思います。
  • ⑥ファシグラ研究会スタート…今ではたくさんいるグラフィッカーも当初はまだ数えるほどでした。
  • ⑦共同設立者、萩原亜沙美(あーこ)海士へ移住、あーこロス…設立当初の屋台骨のあーこが海士に行ってしまったのは多くの人が悲しんだ事件でした。
  • ⑧荒川崇志、丹羽妙、篠原幸子が参画…不思議な人生のめぐりあわせで今のファシリテーター陣が集結してきます。
  • ⑨代表嘉村、システム思考の世界会議「ペガサスカンファレンス@シアトル」に参加…世界の広さを感じた瞬間。嘉村にとっての原点となる海外カンファレンスの初参加。
  • ⑩京都流議定書に参画、関西発のプロアクションカフェ…ウエダ本社の岡村社長にチャンスをいただきた、大舞台でのファシリテーション。
思い出にふけるのも良いけど、せっかく10周年なんだからここからはお知らせです!

さよぽん

【10周年記念キャンペーン第一弾】先着10件、ティール組織の語り部 ホームズエバンジェリストを派遣します!

そもそもホームズエバンジェリストって?

ティール組織の基礎の基礎や、ホームズビーが実際にティール組織となるべく試行錯誤しているプロセスを皆さんにお話するホームズビーのメンバーのことです。昨年一月に発売され5万部の発行部数を示した「ティール組織」。ホームズビーの嘉村が解説を担当いたしました。嘉村は発売の3年前からティールに注目し、ギリシャのカンファレンスに参加し、実際に著者のフレデリック・ラルー氏のもとに訪問する等して理解を深めてきました。そんなティールをさらに広めるべく、ホームズエバンジェリストを派遣します!詳細は次のページで!

けんしゅう

こんな感じで10周年企画第一弾はひとまずおしまいです。いかがでしたでしょうか?ホームズビーを知ってる人にもそうでない人も楽しんでいただけていたら幸いです。それでは第二弾をお楽しみに〜!あ、最後まで読んでいただいた方、もしよかったらシェアしてください!

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